
いつも冷静で穏やかに
物事を俯瞰して見られるのは
「真ん中」にいるときです。
逆に
右や左に大きく傾いているときは
焦ったり
不安になったり
感情に飲み込まれたり
周りにも左右されやすく
そういうときは
一生懸命動いていても
なぜか結果も噛み合いにくいのです。
「それなら最初から真ん中にいたらいいじゃない」
という話ですが
そもそも、「真ん中」は
右も左も知らなかったらわかりません。
たとえば
「真ん中の車両に乗ってください」
といわれても
電車が何両編成かわからなければ
真ん中はどこ?になります。
人生も同じです。
極端を知るから
ちょうどいい場所がわかる。
悲しみを知るから
穏やかさがわかる。
孤独を知るから
繋がりの温かさがわかる。
がんばりすぎたから
力を抜く心地よさがわかる。
つまり
どれが良い悪いではなくて
経験しないことには
自分にとっての最適の真ん中が
本当の意味ではわからないのです。
だから、どんな経験にも意味があります。
もちろん苦しいことや
できれば避けたかったこともあるでしょう。
でも
その経験自体が「悪」なのではなく
そのときの自分に必要だった経験なのです。
そして大切なのは
「なぜこんなことが起きたのか?」
を責めるように考え続けることではなく
「この経験を通して
わたしはこれからどう生きたいのか?」
を見つけていくこと。
人生は、正解探しではなく
「自分にとって心地いい真ん中」を
経験を通して見つけていく旅なのかもしれません。
だから
右に揺れた日も
左に揺れた日も
無駄じゃない。
その揺れがあったからこそ
自分に還る感覚が
少しずつわかっていくのです。
そして今日もまた
人生は、わたしたちに
いろんな感情を経験させながら
「あなたは、どう在りたい?」
と、静かに問いかけているのです。
Naomiの言靈
真ん中を知るには
右も左も経験しないとわからない。
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