
人は「正解」を求めているようでいて
一番欲しいのは
「この感覚をわかってもらえた」
「一緒に感じてもらえた」
という安心だったりします。
だから
「共に世界を感じられる人」というのは
実はとても大きな存在です。
それは
上から教える人ではなく
隣で同じ景色を見ながら
「こんなふうにも見えるね」
「その感覚、大切だね」
と、共鳴できる人。
そこには
「救われた」と想う以上に
「自分に戻れた」
という感覚があります。
でも
人は頭ではわかっても
感情が追いつかないことも多い。
特に
「愛されたかった」
を認めることは
実はすごく怖いものです。
なぜなら、その瞬間
自分の弱さや欠乏感にも触れることになるからです。
だから人は
怒りや正論や愚痴に変換してしまいます。
本当は、「わかってほしい」だけなのに。
結局、人が苦しくなるのは
「自分じゃない何か」になろうとするときなのです。
自分が自分に戻れたら
みんなハッピーになります。
誰かの期待
社会の正しさ
愛されるための役割
ちゃんとした自分。
それを一つ一つ脱ぎながら
「ああ、わたしはこれでよかったんだ」
に戻っていく。
真の「癒し」とは
新しい何かになることではなく
「本来の自分に戻ること」です。
そのとき
何かがないと不安な自分からは
卒業しています。
Naomiの言靈
「愛されたかった」を認めることは
実はすごく怖いもの。| 還る対話 #09
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