
本当は悲しかったのに
「大丈夫」と笑った自分。
本当は休みたかったのに
「まだがんばれる」と歩き続けた自分。
本当は嫌だったのに
誰かを困らせないために
「これでいい」と言い聞かせた自分。
弱音を吐いてしまえば
今まで積み上げてきたものが
崩れてしまいそうだから
「だから進もう」と踏ん張った自分。
そのときは
そうするしかなかったのかもしれません。
人はときに
感じることを後回しにして
前へ進もうとします。
でも
置き去りにした想いは
消えてしまうわけではありません。
心のどこかで、ずっと
氣づいてもらえるのを待っています。
理由もなく苦しくなったり
急に動けなくなったり
同じことに何度も心が揺れたりするのは
もう一人の自分が、
「ここにいるよ」と
知らせているからなのかもしれません。
立ち止まることは
後戻りすることではありません。
歩みを止めて
これまで見ないようにしてきた自分のもとへ
迎えにいくことです。
あのとき言えなかった言葉を聴き
がまんしていたことに氣づき
寂しかった自分に
「置いていってごめんね」と伝え
「もう一人にしないよ」
「これからは一緒に歩こう」
と、手を差し伸べること。
それは、過去に戻ることではなく
過去に残してきた自分を
今の自分へと連れて帰ることです。
立ち止まる時間は
何も進んでいないように見えるでしょう。
でも
目には見えないところで
離ればなれになっていた自分が
少しずつ、ひとつに戻っています。
立ち止まることは
人生から遅れることではなく
置き去りにした自分を迎えにいき
もう一度、自分と一緒に歩き始めることです。
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立ち止まることは
置き去りにした
もう一人の自分を迎えにいくこと。
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