自分ができることが、なぜ相手ができないのか?
相手ができることが、なぜ自分ができないのか?
人間は、ついついどんなことでも
誰かとすぐに比較しがちで
意味のないことで悩みがちです。
本来は
自分は自分で、相手は相手で
単純に比べるものでもないし
比べる必要もないのに
同じように見える外見や
同じように持っているもので
ついつい判断しがちです。
たとえば、
うさぎの視野は、約360度。
うさぎは、ほぼ自分の周囲を見ることができます。
犬の視野は、約250度。
犬は、自分の後ろまでは見ることができません。
ここで、犬が「うさぎはずるい!」と非難したり
うさぎが「なぜ犬は見えないの!?」と怒ったら
変だと想いませんか?
なぜなら、そもそも違う生き物だから違って当然、
と理解できているからです。
でも、これが人間だとなぜか納得できなくなります。
同じような外見をし
同じように育ってきている
と、勝手に想い込んでいるからです。
でも、よくよく観察すると明らかに違います。
育ってきた環境も
食べてきたモノも
考え方も捉え方も
何もかも違うのです。
なのに、すぐに比べてしまう。
勝手に妬んだり落ち込んだり
勝手に優越感に浸ったり勘違いしたりする。
そもそもの前提に、「同じ人間だ」があるからです。
そもそも、「違う人間」なのに。
まず、「違う」を前提にする。
そして、相手のことを理解しようとしたり
自分のことを理解してもらおうとしたりする。
お互いに「歩み寄る」ことを前提にする。
どうして、分からないんだ?
どうして、伝わらないんだ?
どうして、同じようにできないんだ?
は、お互いに苦しいだけです。
お互いに理解しようとすると
お互い人間なのにまったく別の生き物では?
と想うくらいの違いに気付きます。
でも、自分で意識し続けないと
自分と持っているものが違う人とほど
「言わなくても分かってよ」
「察してよ」
「いや、分かるでしょ?」
と、あっという間に「自分と同じはず」の意識に戻ります。
同じ人間だけど、違う。
たとえば、動物占い®のように
「あの人、人の話を聴いてるようで実際聴いてないのは
ゾウさんだから仕方ない」
「あの人、ペガサスだもんなあ。
地球に実在する生き物じゃないし自由に飛ばしてあげなきゃね」
と想えば、理解できないことも理解できたり
笑って許せることも増えていきます。
Naomiの言霊
そもそもの前提に「同じ人間だ」があるからすぐに比べてしまう。
そもそもが「違う人間」。
転送・転記大歓迎です。
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あなたから届けて下さることに心から感謝いたします。
2 コメント
なおみさん
ブログ拝見させて頂きました。
そう、『別々な事が素晴らしい事』頭では分かっているはずなのに、無意識に『同じ人間なのに』と考えてしまう自分がいます。
昔はそんな事も分からずに、『同じ人間だ』という前提のもと、相手の考えや行動が理解出来ずに苦しんだ事がありました。
ただ、今は色々な事を学んで、それを理解しています。なのに、です。
何故なんでしょうね。
特にルームメイトとの関係ではそれが顕著です。
意識しないといけないですね。
ありがとうございました!
くまさかさま
ブログを読んで下さり、またコメントもありがとうございます!
同じだと想ってしまいがちですよね、見た目も同じですし。笑
「なるほど!そういうことか!」と経験と知識が繋がって腑に落とせたら
楽になると想います☆
それが、アートや香りのワークですね。
視覚化するって大事だなって想います。
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