
「与えること」は、美徳です。
そう教えられもしてきました。
誰かのために動くこと
支えること
役に立つこと
その姿は、とても美しいものです。
与えることができる人は
強い人のように見えます。
でも
受け取ることができる人は
実はとても勇氣のある人です。
なぜなら
受け取るという行為は
無防備になることでもあるからです。
「ありがとう」と言って
そのまま差し出されたものを受け取る。
遠慮せず
否定せず
自分を小さくせずに。
それは、
「自分に価値があると認めること」なのです。
愛を与えることができる人は
たいていとても優しいです。
でも
愛を受け取れない優しさは
どこかで疲弊してしまいます。
それは、与え続けるだけでは
循環が生まれないからです。
愛は、直線ではなく、円です。
与え
受け取り
また与える。
その巡りの中で、
エネルギーは澱まずに流れていきます。
もし、
誰かの言葉をすぐに打ち消してしまったり
「いえいえ、わたしなんて」と
反射的に引いてしまったりしてしまうなら
それは謙虚さではなく
「受け取ることへの遠慮」や
「自分には価値がないという想いこみ」
かもしれません。
受け取れない人は
どこかで自分を過小評価しています。
そしてその小さな遠慮は
やがて大きな疲労として積み重なっていきます。
受け取るとは
自分の存在を肯定すること。
「わたしは受け取っていい」と
許可を出すことは
傲慢ではありません。
それは、
循環の一部になるという決意です。
愛を与える力と
愛を受け取る力。
どちらが上でもなく、
どちらが正しいでもなく
同じ重さでそこに在るものです。
あなたがもし
与えることに慣れてしまっていたら
ほんの少しだけ
受け取る側に立ってみましょう。
差し出された優しさを
そのまま胸に置いてみる。
そこから、
また新しい円が生まれます。
愛は、
巡るもの。
そしてその巡りの中で、
わたしたちは、
真の愛と豊かさを知るのです。
Naomiの言靈
愛を受け取ることは
自分には価値があると認めること。
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