
「止まること」を
強く怖れていませんか?
動いているあいだは
考えなくていい。
感じなくていい。
立ち止まらなくていい。
でも、止まった瞬間
そこに浮かび上がってくるのは
「何もない自分」ではダメだという不安。
空虚感や孤独が
一氣に押し寄せてくるように感じ
それを避けるように
また動き続けてしまう。
止まることへの恐怖の奥には
価値観の喪失があります。
動いていないと
役に立っていない氣がする。
何かを生み出していないと
存在してはいけない氣がする。
「認められたい」
「必要とされたい」
その渇望が、
止まる=存在否定
という感覚を生み出してしまうのです。
また
コントロールを失うことへの
不安も潜んでいます。
幼い頃の体験から
静止すると
何が起こるかわからない。
予測不能な出来事がやってくる。
そんな記憶が
体の奥に刻まれていると
人は、動くことで
安全を確保しようとします。
常に先回りして
常に攻めの姿勢で
止まらないことで
自分を守ろうとする。
でも
ずっと攻めのモードで生きていると
自律神経は乱れ
体は悲鳴をあげはじめます。
それでも氣づかないとき
体は、もっとわかりやすい形で
メッセージを送ってきます。
病氣や怪我という形で。
それは罰ではなく
無意識の「もう休んで!」という声を
体が代わりに言葉にしてくれているだけです。
少し立ち止まってみてください。
止まったら
何が怖いですか?
空白の時間に
本当は何を感じたくないですか?
そして
その空白の中で
本当は何をしたいのでしょう。
体からのストップは
人生を止めるためのものではなく
魂が求める、本当のペースに
氣づくための合図です。
何もしなくても
あなたの存在価値は消えません。
動いていなくても
あなたは、ここにいていい。
空白は
欠落ではなく、
魂が呼吸するための余白。
その余白に
これからのあなたのリズムが
戻ってきます。
止まることを自分に許してあげましょう。
その静けさの中にこそ
本当の声が
ちゃんと待っています。
Naomiの言靈
病氣や怪我という体からのストップは
人生を止めるためのものではなく
「魂が求める本当のペース」
に氣づくための合図。
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