中庸を知るには、両極を知る必要があります。
端と端が分かるから、真ん中が分かります。
片方の端しか知らないと、真ん中が分かりません。
もう片方の端を知る。
つまり、真逆のことを経験するといういことです。
真面目しか知らなかった人は、不真面目になってみる。
イイ子で生きてきた人は、ワルい子になってみる。
いつも誰かの指示で生きてきた人は、誰の指示も聴かない生活をしてみる。
これは、無意味に社会や親に反発して
おまわりさんのお世話になろうと言っているのではありません。
今まで、自分の中でこれはしちゃいけないと想っていたこと
自分の中で勝手に枠を作ってしまっていたことを
自己責任で一度外してみましょうということです。
たとえば、始発で帰ったことがないなら、一度始発で帰ってみる。
こんな時間まで起きている人たちがいるんだ。
こんな時間まで働いている人たちがいるんだ。
自分が寝ているときに、起きて働いている人がいてくれるから
自分は便利に暮らせているんだ。
何かに、気付きます。
自分が今まで知らなかった世界や人に出会えます。
今まで自分が否定していた世界が、自分の無知や偏見から来ていることにも気付くでしょう。
両極を知ることは、中庸を知るうえでとても大切で必要なことです。
批判したり毛嫌いしたりする前に、自分の目で見てみましょう。
両極を知り、それを受け入れることができるようになると、自分もとても楽になっていきます。
なぜなら、自分の器がどんどん大きくなり、中庸の大切さも分かってくるために
刺激と癒しのような極端なアップダウンが減っていったり
それを求めなくなったりしていくからです。
両極を経験しているからこそ、ちょうどいいが分かります。
そのちょうどいいところが、本当は一番幸せなのだと気付いていくのです。
Naomiの言霊
すごく嬉しいとすごく悲しいを経験するから、
穏やかな幸せがどれくらいの位置にあるのかが分かる。
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