自分の使命はなんだろうと
何のために生きているんだろうと
どうしたら、あんな風に自分の使命に出会えて
キラキラと生きることができるんだろうと
誰かを見て、想うことがあるかもしれません。
自分だってやればできると
もっとイキイキとできる仕事があるはずだと
自分の使命も必ずあるはずだと
誰かを見て、そう想うかもしれません。
でも、あなたが見るそんな誰かも
最初から自分の使命が分かっていたわけではありません。
ただただ平凡に生きていたり
この世はお金がすべてだとブイブイいわせて生きていたのです。
そんなときは、自分が何のためにこの世に生まれ
自分の使命が何たるかなど考えることは微塵もなかったかもしれません。
でも、あるとき、天地がひっくり返るようなことが起こるのです。
理不尽なことや神も仏もないと想うような苦難が起こるのです。
これがまず、自分の使命に気付かされるための第一関門です。
そして、この難が起こったときに
何もかも失っても、絶望の淵に落とされても
とことんまで苦しんでも、とことんまで悩み抜きもうだめだと想っても
それでも前に進もうとした者にだけ
神様は第二関門を与えてくれます。
それが、自分を認め、大切な人を信頼し生きることです。
誰かに反対されても
誰かに批判されても
自分や大切な人を信じ抜き
「これは必ず世のため人のためになる!世界を変えられる!」と想うことに突き進み
どんな障害にも負けないあなたに、神様は使命に気付かせてくれるのです。
そう、教えてはくれません。
自分で気付くのです、これが使命なんだと。
人は誰かに指示されても、それがたとえ神様であっても、素直に受け入れないのです。
使命だよと言われても「これがしたかったわけじゃない」と言い始めます。
だから、自分で気付くしかないのです。
自分で気付けば、人は素直に受け入れ、それを生きようとするのです。
だから、「教えてほしい」と言う人は
永遠に自分の使命など見つかりはしません。
教えてほしいと言う人ほど、教えてもらっても納得しないから
その通りに動かないのです。
そして、また誰かに「私のボクの使命って何ですか?」と聴くのです。
神様は「これがあなたの使命です」と気付かせてはくれません。
ここまでのことを乗り越えられない者に。
だから、苦しむことは良いことなのです。
誰も信じられなくなることも、必要なことなのです。
あなたが、それでも自分や大切な人を信じ切り
一歩一歩前進していくとき、奇跡は必ず起きます。
どうして、こんなに助けてもらえるんだろうと
どうして、こんなチャンスを頂けるんだろうと
不思議に想えることが目の前に起こるのです。
苦しいからと泣いているうちは
なんで自分だけとひがんでいるうちは
自分のせいじゃないと誰かのせいにしているうちは
自分の使命など見つかるはずもありません。
すべてを受け入れ感謝したとき、使命に気付くのです。
奇跡のようなことが、起こり始めるのです。
◆◇◆ 画道(Gado)創者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 すべてを受け入れ感謝したとき、使命に気付く。
奇跡のようなことが起こり始める 』
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