響くモノというのは
そのものを完成させる時間ではなく
そこに至るまでに掛けた時間でできます。
たとえば
絵を描くこと。
絵そのものを描いている時間ではなく
その絵を描くに至るまでに掛けた時間が、その絵のエネルギーになります。
たとえば
音楽を作ること。
音楽そのものを作っている時間ではなく
その音楽を作るに至るまでに掛けた時間が、その音楽のエネルギーになります。
たとえば、詩を書くこと。
詩そのものを書いている時間ではなく
その詩を書くに至るまでに掛けた時間が、その詩のエネルギーになります。
まったく同じ絵を描いても
まったく同じ音楽を演奏しても
まったく同じ詩を書いても
見る者、聴く者、読む者に与える影響はまるで違います。
それは、作ったそのものではなく、それを作った人のエネルギーがそこに宿るからです。
その人が何を考え
何を想い
誰を想い
どうしてそれを作ろうとしたのか
そんな何年も歳月を掛けて経験して身につけた哲学がそこには宿るのです。
響くモノというのは
絵を5分で描こうが
音楽を10分で作ろうが
詩を20分で作ろうが
まったく関係ありません。
それを完成させる時間が問題なのではないのです。
そこに至るまでに掛けた時間が、何よりも大切なのです。
見た目の美しさに惑わされる人は
いつも見た目だけに価値を置きます。
目に見えることやモノだけで判断しようとします。
だから、同じことをしても
完成させる時間しか気にしない人が作ったものは軽く
至るまでに掛けた時間の価値を知っている人が作ったものは深みが増すのです。
本物というものは、見た目ではなくエネルギーに宿ります。
そこに至るまでの「過程」が、エネルギーそのものなのです。
見た目だけにしか価値を置かない判断基準だと
本物を感じる力も、本物を与える力も身に付きません。
そこに至るまでに掛けた時間を大切にしていますか?
◆◇◆ 画道(Gado)創始者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 響くモノというのは、それを完成させる時間ではなく
そこに至るまでに掛けた時間でできる 』
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