
「なんか違う?」を流さない。
これは、自分の感覚への信頼です。
違和感は、最初は本当に微細で
理屈では説明できないことが多いです。
だから人は
「氣のせいかな」
「考えすぎかな」
と打ち消してしまう。
でも
その小さなズレを無視し続けると
少しずつ自分の感覚が麻痺していきます。
そして氣づいた頃には
本来の自分の感覚が分からなくなってしまうのです。
「なんか違うかも?でもまあいいか、大丈夫かな」
とスルーし続けてしまうのは
ある意味、傲慢な対応です。
本当に自分を大切にしている人ほど
「自分は環境に影響されない」
とは想いません。
なぜなら人は、想像以上に
場や人や空氣に共鳴してしまう存在であり
自分の力でできることなど知れているからです。
だからこそ
「どこにいるか」
「誰といるか」
は、生き方そのものになっていきます。
また
自分の視座を高くすることを意識していると
「違い」を受け入れられるようになっていきます。
「それは違う!」と拒絶せずに
こういうこともあるんだなと
認めることができるようになります。
拒絶ではなく
同化でもなく
理解したうえで、自分はどれがいいのかを選ぶ。
これは成熟した境界線です。
成熟した境界線があるからこそ
相手を否定せず
でも、自分を見失わずにいられます。
Naomiの言靈
成熟した境界線があるからこそ
相手を否定せず
自分を見失わずにいられる。| 還る対話 #04
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