与えられた楽しさは
永遠には続きません。
いずれ
このままでいいのかな?
本当にこれがやりたかったことかな?
と、迷いが生じます。
なぜなら
自分で見つけた楽しさではなく
誰かに与えられた楽しさだからです。
誰かに与えられた楽しさは
自分では到底見つけられなかった楽しさで
こんな世界があったのね!と
最初は楽しくて仕方がないかもしれません。
誰かに与えられた楽しさは
どこか煌びやかで
どこか凄く見えて
どこか自分まで大きく見せてくれることかもしれません。
周りからも、いいね!すごいね!と言われる
楽しさかもしれません。
もしこの楽しさが
自分の魂がずっと望んでいたものと同じなら
とてつもない幸せな高揚感が持続するでしょう。
でも、大抵は、そうではないことがほとんどです。
なぜなら、与えられた楽しさは
自分が本当にしたかったことから生み出す楽しさとは違うからです。
楽しいけど・・・
確かに、楽しいけど・・・
このままでいいのかな・・・
私が僕がやりたかったことなのかな・・・
なんか、本気で笑えなくなってきたな・・・
与えられた楽しさがわるいわけではありません。
それを与えられたことは、とてつもない強運です。
その強運をもらった間に
その楽しさに惑わされることなく
本当に自分が楽しいと
自分の魂が求める楽しさを自力で見つけるのです。
自家発電で楽しめる楽しさほど
楽しいものはありません。
自分の魂が喜ぶものはありません。
誰かに特別扱いしてもらえているときこそ
人の強運に乗っからせてもらっているときこそ
自分の魂の声を大切にして
丁寧にその声に向き合う。
だからこそ、特別扱いが終わったときに
自分の世界が自分で切り拓けるようになっているのです。
その楽しさ、
あなたがの魂が望んだ楽しさですか?
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Naomiの言靈
与えられた楽しさで生きている間に
自家発電の楽しさを見つけ出すから
迷いがない人生が送れるようになる。
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