雨が降ると、残念と想うか
雨が降ると、嬉しいと想うか
それは
今、自分が何を感じているのか
今、自分が何を求めているのか
によって変わります。
ずっと想い続けていた人に告白して
相手も自分のことを好きだったと分かったら
たとえ大雨が降ってきても、お祝いの雨だと
雨に向かって感謝の言葉を叫べるでしょう。
逆に、フラれたときは
大雨が降ってきたら
なんて自分はツイてないんだと
雨を憎く感じるかもしれません。
雨が
自分の人生にとっての恵みなのか
自分の人生にとっての涙なのか
決定づけるのは自分の心です。
どんな状況で雨が降ろうが
それを、人生の素晴らしい演出に変えてしまう人もいます。
明らかに晴れた方が良かったであろう状況でも
降ってきた雨があったからこそ
晴れたときよりも素敵になったと。
見ている者が
もしかしてわざと降らせましたか?と
もしかして演出でしたか?と
勘違いしてしまうほどに
素敵に見せてしまう人もいます。
そして、最後に、その雨が止んで
虹が出てくるのです。
虹すらも、演出だったのですか?と
想いたくなるようなタイミングで。
そんな人は
どんなことでも
どんな状況でも
すべてを宇宙からのギフトだと想っています。
想ってもいない状況でも
すべては必然だと捉えられる能力や
すべてに感謝できる能力
そして、それを楽しんでしまう能力があるのです。
自分の目の前に見えていることを
どう捉えるかは自分次第です。
自分は太陽を期待したけれど
神様が準備してくれたのは
太陽ではなく雨だった。
自分は雨を期待したけれど
神様が準備してくれたのは
雨ではなく太陽だった。
それでも
目の前に雨が降っているというのは
自分が望んだ結果です。
そんな状況でも
楽しもうと想ったら
捉え方次第で楽しめるんだよって
雨が降ったことで
太陽が出てくれるよりも
もっと深く感じられることや
伝えられることがあったんだよって。
雨が、わるいのではありません。
神様が、いじわるなわけでもありません。
雨を見ている自分の心に
雨を望んだ理由があるのです。
Naomiの言靈
雨がわるいわけでも
神様がイジワルなわけでもない。
雨を見ている自分の魂に
雨を望んだ理由がある。
★☆★「 Naomiの言靈」無料メルマガ登録はこちらから★☆★
Naomiの言靈は、転送・転記大歓迎です。
必要な方へ届きますように…☆
あなたから届けて下さることに心から感謝いたします。
※Emailは公開されません。また、スパム対策のため日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。