新月(しんげつ、朔(さく)ともいう)
二日月(ふつかづき)
三日月(みかづき)
上弦(じょうげん)
十日夜(とおかんや)
十三夜(じゅうさんや)
待宵月(まちよいづき)
十五夜(じゅうごや)
満月(まんげつ、望(ぼう)ともいう)
十六夜(いざよい)
立待月(たちまちづき)
居待月(いまちづき)
寝待月(ねまちづき)
二十日月(はつかづき)
下弦(かげん)
二十三夜(にじゅうさんや)
二十六夜(にじゅうろくや)
晦日(みそか)
形が見えなくても
欠けていても
まん丸でも
私たちは
月に対して
それぞれの形を尊重し
それぞれにロマンチックな名前まで付けています。
見えない月だから
欠けている月だからと
それは完全じゃないとか
完成されてないとか
そんなことを想って見ていません。
見えない月は
見えない月として
欠けている月は
欠けている月として
そのものを完全なものとして見ているのです。
だからこそ
見えない月に願いをかけてみたり
三日月のグッズを持ち歩いて魔除けにしてみたり
どんな月を見ても
その月をまるっと受け入れて
それぞれに意味まで持たせて
人生に役立てているのです。
人も同じです。
欠けているときもあれば
まん丸なときもあって
何も見えないときもあります。
でも
それぞれに意味があって
それぞれに役目があって
どれも間違いなく、その人自身なのです。
見えないから
本当に何もないわけではなく
欠けているからって
足りてないわけでもなく
まん丸だからって
ずっとそのまん丸が続くわけでもないのです。
すべて、完全に存在しているのです。
そのタイミングやいる場所によって
見えているものと見えてないものがある
ただ、それだけなのです。
見えていようが見てなかろうが
そのときどきの自分に
ちゃんと役目があります。
そのときどきの自分は
そのときどきで完全なのです。
ないない探しをしているときは
月を見て想い出しましょう。
ないのではなく
ただ見えていないだけで
そのとき、その瞬間、いつも完全なのだと。
Naomiの言霊
月を見て想い出そう。
そのとき、その瞬間、いつも完全なのだと。
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