好きだと
キライにもなります。
愛があると
憎しみにも変わります。
だからこそ
キライだと
好きにもなり
憎しみは
愛にも変わるのです。
そもそも
好きもキライも
愛も憎しみも
もともと生まれは同じです。
明るい場所で見ると愛に見えて
暗い場所で見ると憎しみに見えるだけです。
そして、その場所を選んでいるのは、自分なのです。
自分自身が
想い込みという暗い眼鏡を掛けていたり
心の電気を常に消していたら
いつも憎しみにしか見えないのです。
自分にとってキツいと想うこと
殻を破りたいと願う経験は
好きな人や愛している人から贈られてきます。
どうでもいい人だと
そもそも自分が向き合おうとしないからです。
でも、好きな人や愛している人だと
何とかして向き合おうとします。
大キライでも
大キライと意識している時点で
大好きなのと同じです。
いつも頭の中にある
何かあればすぐ想い出す
なら、向き合っている証拠です。
あとは、自分がどうしたいか
どう動きたいのかだけです。
好きな人や愛している人から
贈ってもらったギフトを
活かすも活かさないも
自分次第です。
それでも
いや、自分じゃない、相手がわるいと
想い続けていたら
また別の好きな人や愛している人から
同じギフトが贈られてきます。
なぜなら
そのギフトをギフトとして受け取りたいのは
自分だからです。
自分がそれを望んでいるからです。
人や環境を変えても同じです。
愛は、いつも目の前にあって
愛は、いつも自分の中にあるのです。
Naomiの言霊
好きもキライも愛も憎しみも、そもそも生まれは同じ。
自分の目や心の状態がどちらを選ぶか決めている。
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