本当は
何をしても許されていて
本当は
何をしても愛されています。
許されていないと
愛されていないと
想うことも
実際に
許していないのも
愛していないのも
自分自身です。
どんな体験・経験をしても
その経験を通して
悲しい嬉しいと豊かな感情を
じっくりと味わい
ただ楽しんでみることが
自分に与えられたことです。
想いっきり怒って
想いっきり泣いて
想いっきり楽しんで
想いっきり喜ぶ
経験している最中や直後は
感情が大波小波で動いているため
落ち着いて過ごせることはありません。
でも
こんな経験をしたら
こんな感情になるんだと
実際に経験するまで分からなかったなって
こんな経験をさせてくれてありがとうと
想えるときは未来にきます。
感情を経験する幅が広がると
人としての魅力も増して
人にも自分にもやさしくなれます。
そのときは苦しいなつらいなって想っても
それを感じることすら
自分が望んだ経験だから
泣きたい、の上級コースってこうなんだ
キツい、の師範コースってこうなんだ
と、もう一人の自分で自分を見るように
楽しんでみましょう。
周りが笑っているから自分も笑わなきゃとか
周りがガマンしているから自分もガマンしなきゃとか
そんな風に想う必要はないのです。
今の環境で
今関わる人たちで
自分が経験したいことを経験させてもらっている。
そう想うと
自分が主役の物語に
重要な脇役キャストで出演してくれてありがとう
と、感謝の念も湧き愛おしく想えてきます。
誰もわるくないし
誰のせいでもないのです。
誰かわるい人がいて
その人を見つけて
その人のせいにすることが
人生の目的ではないのです。
どんなに高い壁があっても
その壁は必ず乗り越えられる。
神様は、乗り越えられない者に試練は与えないし
こんな経験がしたい!とオーダーしたのも自分なのです。
Naomiの言霊
こんな経験がしたい!こんな感情を知りたい!とオーダーしたのは自分。
神様はそれに忠実に応えてくれているだけ。
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