人が一番しんどい、イライラすると感じるのは
自分の想い通りにいかないときです。
でも、その想い通りにいかないことにも2種類あります。
ひとつは、自分の意思ではどうにもならないという「想い通りにいかない」。
子育てがこれに当たります。
寝たいときに寝る。
泣きたいときに泣く。
ミルクを飲みたいときに飲む。
ウンチを出したいときに出す。
そんな自由奔放な子供相手に、大人は振り回されます。
ただただ突発的に目の前に次々いろんなことが起こるので
それに大人は完全にノックアウトされます。
これを乗り越えるのは、ただただ
何をやっても「しょうがないわね笑」という許し
何かできたら「すごいね〜!」という褒めと認め
存在自体に「生まれてきて(出会って)くれてありがとう」という感謝
という、子供への無条件の愛しかありません。
だから、母は偉大です。
ふたつめは、自分の捉え方や努力でどうにでもなる「想い通りにいかない」。
仕事や大人になってからの対人関係がこれに当てはまります。
時間がなければ調整して作る。
自分ができないことは他人に任せる。
自分が知識や技術を学ぶ。
自分が変わる努力をする。
この「想い通りにいかない」は、
自分が自分にイライラしているだけで誰かに合わせる必要がないので
自分次第でどうにでもなります。
つまり、子育てのような「想い通りにいかない」と
仕事のような「想い通りにいかない」は
まったく次元の違う「想い通りにいかない」なのです。
簡単に比較できるものではありません。
子育てで疲れてるのよ!
オレだって仕事で疲れてるんだ!
は、そもそも次元の違う「疲れ」なのです。
1日でも、一人で自由奔放な子供の世話をすると痛いくらいに分かります。
でも、子育て中の「想い通りにいかない」も
ある時期がくれば、その環境から卒業できます。
ただ、一番手が掛かる時期に手を抜く(無理強い・強制・放任する)と
ある時期から、逆に極端に「想い通りにいかない」ことが起こります。
仕事や大人になってからの対人関係での「想い通りにいかない」は
時期は待たなくても、自分が変われば変えられます。
どうして、こんな風にしないんだ?
こんな風にやってくれよ!
ではなく
どうして、そんな風にすることが大事なのか
どうして、こんな風にすることに意味があるのか
こんな風にすることが、こんなことに繋がっていくんだ
こんな風にしたら、こんな世界が待っているんだ
自分が貫きたいことを伝え続け行動で見せ続けること
そして自分が変わることで、確実に変えることができます。
自分の信念の強さは、ときに相手には重すぎる期待や強制としてのしかかります。
自分の信念は自分の信念。
それを相手が共感して、共感し続けてくれるかどうかは相手の意思。
相手に過度に期待したり相手に変わってほしいと想い過ぎるのは
本当は、自分が自分を変えたいと想っているからです。
Naomiの言霊
相手に過度に期待したり相手に変わってほしいと想い過ぎるのは
本当は自分が自分を変えたいと想っているから。
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