たとえば
ある人が、自分の才能を見い出してくれて
その才能を開花させるために必死に教えてくれて導いていくれて
自分もその才能を開花させることができたとします。
今まで、平凡な人生を送ってきた自分にとって
光を与えてくれた相手の存在は何者にも代え難く
相手に対する尊敬の念が、恋愛に変わったとします。
自分の相手への気持ちはどんどん膨らんでいき
相手も自分のことを想ってくれていると「想い込んだ」とします。
自分が相手にとって一番の存在で
自分が相手のすべてを分かって「あげられている」と「想い込んだ」とします。
そんな自分がいるから相手の存在価値が上がり
そんな自分がいるから相手が輝いていられるんだと「想い込んだ」とします。
そしてあるとき、その「想い込み」が「勘違い」であったと気付かされます。
自分が勝手に、相手を好きになり
自分が勝手に、相手も自分のことを好きだと想い込み
自分が勝手に、相手のすべてを分かっていると想い上がり
自分が勝手に、自分が相手を輝かせているんだと想い上がる。
相手に気持ちを聴いたわけでも
相手に気持ちを確認したわけでもないのに
「自分が」と勝手に勘違いするのです。
相手にとっては寝耳に水。
いつから、そんなことになっているんだ
いつから、そんな風に見下されているんだ
何も頼んだ覚えはない
と、嫌気がさして距離を置いていきます。
最初は、自分が相手と同じ立ち位置に立てるなど想っていなかったのです。
自分は導いてもらい、引っ張り上げてもらっていると想えていたのです。
そこに、謙虚さがあったのです。
でも、だんだん相手との距離が近くなり
他の人とは違う特別扱いポジションにいることで勘違い度が増し
また、想いも寄らずに自分の才能が開花し始め
周りの自分への評価が上がっていくと
「自分もできる」と「相手に追いついた」と「同じように評価されて当然だ」と
どこかで想い上がって傲慢になっていきます。
自分に自信がなかったり、自己承認度が低かったり
「自分もあんな風になりたい」と想いやすい人ほど
この悪循環に陥っていきます。
自分を認めてくれる人に、「構う」ことで強力に依存してしまうのです。
相手を、知らないうちに苦しめていませんか?
相手を、知らないうちに見下していませんか?
自分が、知らない間に謙虚さを失っていませんか?
自分が、知らない間に傲慢になっていませんか?
口では謙虚なことを言っても
お腹の中で「私がボクが」と想っていたら
その傲慢さはエネルギーとなって相手に伝わっていきます。
口で伝えていることと
お腹の中で想っていることは、きちんと一致していますか?
◆◇◆ 画道(Gado)創者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 口は謙虚でもお腹の中が傲慢なら
その傲慢さが相手には伝わる。
口とお腹、きちんと一致していますか? 』
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