相手のためによかれと想ってやったことが
実は相手にとっては大きなお世話だった、ということはよくあります。
相手のため一人にしようとすることもですが
誰かと誰かの仲裁に入るときなどが、まさにそうです。
あなたのお世話が相手には大迷惑になり
あなたの態度一つ一つが、相手にとってはうっとおしいものになります。
相手にとっては
あなたが問題解決に一役買ってくれる存在になるというよりも
あなたがマドラーになって
ますます問題が大きくややこしくなる存在になってしまうのです。
それは、あなたが本当に相手のためを想って行動しているというよりも
自分の存在を認めてほしいという気持ちが根本にあるからです。
あなた自身が、そこに絡むことが楽しいから絡んでいるだけで
その問題を心底解決したいとは想っていないからです。
私がやってあげる
私が行ってくるから、あなたはここにいて
私が話をするから、あなたは黙ってて
そうやって、自分に周りの意識を持っていき
自分が注目浴びたり、中心の存在になろうとすることを求めているのです。
自分がみんなから必要とされる人で、イイ人になりたいのです。
誰かと誰かの仲裁など、片方だけと話をしてまず解決などできません。
二人が向き合う必要があるからゴタゴタしているだけで
第三者が間に入ってできることなど限られているのです。
ゴタゴタして大変そうなのも
何かに悩んでいることも
「かわいそうなこと」ではないのです。
何とかしてあげたい気持ちがあることも素晴らしいことですが
過度なお世話は、ただのおせっかいになります。
何とかしてあげたい気持ちを過度に持ってしまうのは
本当は自分の中で解決したい問題があるのに解決できないから
人の問題で擬似的に解決しようとしているのです。
あなた自身が、どうしてそこまで何とかしてあげたいと想うのか
最終的には、どうなれば相手がハッピーになれるのかを考えましょう。
自分を守るのではなく、相手を守ることを本気で考えたら
自分が本当はどうすればいいのかの答えは出てきます。
◆◇◆ 画道(Gado)創始者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
「 自分を守るのではなく、相手を守ることを考えたら
自分が本当はどうすればいいかの答えは出る 」
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