
一人でがんばりすぎる。
誰にも頼らない。
必要以上に謙遜する。
一見すると
美徳のように見えるこれらの在り方。
でも少し立ち止まって見つめてみると
そこには別の顔が隠れていることがあります。
それは、
やさしい仮面をかぶった傲慢さ
です。
一人でがんばること。
誰にも頼らないこと。
それは本当に、
強さでしょうか。
もしかしたらその奥には
「こんなにがんばっているわたしを、認めてほしい」
という想いが潜んでいるのかもしれません。
「自分でできることを、人に頼ってはいけない」
「迷惑をかけてはいけない」
「甘えてはいけない」
そんな刷り込みの中で育つと
人からの好意や手助けを
受け取ること自体が怖くなる。
差し出された手に
どこか居心地の悪さを感じてしまう。
でも、考えてみてください。
人の好意を受け取らないということは
その人の優しさや、愛や、存在を
否定していることにもなりかねません。
「わたしは一人でできるから大丈夫」
という姿勢は
知らず知らずのうちに
「あなたの出番はありません」
と世界に伝えてしまいます。
それは、
やはり少しだけ、傲慢なのです。
そんな環境で育ってきた背景にも
必ず物語があります。
親も
そのまた親も
きっと同じようにがんばってきた。
頼れない時代。
弱音を吐けない時代。
生きるだけで精一杯だった時代。
わたしたちは
その流れの先に立っています。
でも、もう時代は変わりました。
風の時代。
軽やかさ
循環
分かち合い。
一人で背負い続ける生き方を
そろそろ手放してもいい。
楽しんで生きることを
許してもいい。
助けてもらうことを
受け取ってもいい。
それは
怠けることでも
甘えることでもありません。
世界を信頼する、という選択です。
がんばりすぎてきた人ほど
受け取ることは
いちばん勇氣のいる行為です。
でも
その一歩を踏み出したとき
人生は驚くほど、優しくなります。
一人でがんばらなくてもいい。
誰かに頼ってもいい。
謙遜しすぎなくていい。
あなたが軽くなることで
ご先祖さまの流れも
きっと少し、ほどけていきます。
風に身を任せるように
今日も受け取ることを
自分に許してあげましょう。
それは
これからの時代を生きる
成熟した在り方です。
Naomiの言靈
一人でがんばりすぎることは
やさしい仮面をかぶった傲慢かもしれない。
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