一度聴いたからといって
すべてを理解できることなどありません。
でも、何度も聴いたからといって
すべてを理解できるわけでもありません。
何度聴いても、分からない人というのはいます。
それは、本人が分かろうとしていないからです。
本人に、本当に分かりたいという想いがないからです。
それを、心から求めてないからです。
子どもの頃は、分かる環境を作るのは大人の責任です。
でも、大人になってからは、自分の責任です。
「知ってる知ってる」
「聴いた聴いた」
この状態が、実は一番分かっていません。
人は環境に慣れてくると、そこに答えがあっても、それが見えなくなります。
見ようともしないのです。
そして、「ないない!」と探します。
別のところに行って、はじめてその答えに会ったように「あった!あった!」と言います。
「その答え、前から目の前にありましたよ」
「前から、そこにあると伝えてますが、聴いていましたか?」
そんなことが多発します。
分かったつもりになっている人が、実は一番分かっていません。
中途半端な「分かった」が、一番必要な答えを見つけるのに邪魔なものなのです。
本当に「分かりたい」と想うなら、中途半端な「分かった」を手離しましょう。
乾燥しているスポンジなら、驚くほどのスピードですべてのものを吸収できます。
本当に分かりたいなら、心を枯渇させましょう。
◆◇◆ 画道(Gado)創始者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 分かったつもりになっている人が、実は一番分かっていない 』
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