
人は、愛を行動で確かめようとします。
連絡すること
会うこと
支えること
支えられること
与えること
与えられること。
行動で確かめようとするのは
言葉ではなんとでも
誤魔化せるし繕えるからです。
いざというときや
追い詰められたときの行動には
本性が現れます。
それで、愛を確認しているのです。
そして、その愛の種は
行動のさらに奥にある
意識のつながりのことです。
意識のつながりがないのに
愛が動くことはありません。
たとえ距離があっても
会うことが叶わなくても
心のどこかで
相手を想い祈り続けている。
その静かな意識の波が
見えない世界で響き合い
現実の出来事やタイミングを
動かしています。
誰かの幸せを
そっと祈る瞬間。
ふと「元氣かな」
と心が向いた瞬間。
それは、魂のチャンネルがつながっている証です。
目に見えない想いの糸が
光のように行き交っています。
この世界には
意識という目に見えないエネルギーが先に動き
そのあとに現象が追いついてくる
という順序があります。
だから
愛もまた、行動の前に
「想う」という波動で始まるのです。
見えないところで誰かを想うことは
見返りを求めない祈りのようなもの。
それは相手の魂に「あなたは大丈夫」
という信頼を送る行為であり
同時に、自分自身の愛の源泉を
澄ませていく時間でもあります。
離れていても、もう会えなくても
あなたの想いは必ず届いています。
そしていつか
形を変えて必ず還ってきます。
それが意識のつながりというご縁の不思議。
愛とは
見えること以上に、感じること。
触れ合うこと以上に、響き合うこと。
今日もどこかで
あなたの想いが
優しく誰かを包んでいます。
Naomiの言靈
誰かの幸せを祈ったり
ふと元氣かなと心が向くとき。
それは、魂のチャンネルがつながっている証。
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