誰かになろうとすると
自分は確実に苦しくなります。
でも、なかなか人は
それを頭では分かっていても
行動では必死に誰かになろうとします。
大きな人を見れば、大きくなりたがり
はやい人を見れば、はやくなりたがり
上手な人を見れば、上手になりたがります。
でも、その大きさやはやさや上手さが
本当に自分の人生に必要なのでしょうか?
自分が自分らしく生きるために
大きさもはやさも上手さも
実はまったく必要ないかもしれないのです。
小さいからこそできることが
遅いからこそできることが
上手くないからこそできることがあって
それが自分の役割かもしれないのです。
自分はそれをすべて持っているにもかかわらず
隣りを見ては、自分にないものを羨ましがり欲しがる。
客観的にみると、とても滑稽です。
苦しいのに、もっと手に入れようとして
最終的には、一体何を手に入れようとしているのでしょう?
誰かになろうとしても
自分の人生が花開くことはありません。
ひまわりの種なのに
必死にバラを咲かせようとしているのと同じです。
自分にしかできないこと
自分だからできること
それは、もう探さなくても
自然と自分でしていることです。
自分では当たり前にできることです。
周りから、それをすると喜ばれることです。
あなたが自然にできて
それをすることが楽しくて
周りも喜んでくれることは何ですか?
Naomiの言霊
自分にしかできないこと
自分だからできること
それはもう探さなくても
自然と自分でしていること。
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