恋がほしいのか
愛がほしいのか
で、必要な行動は変わってきます。
恋は、刺激・新鮮・未知・不安定
愛は、癒し・親しみ・安心・安定
愛がほしいときに、短い恋を繰り返していても手には入らないし
恋がほしいときに、一人の相手と長く付き合っていると
恋の感情を手放さないといけないときがきます。
恋がほしい人は、山を登るまでが楽しいと想う人。
良いとか悪いとかではなく
頂上がゴールだと想っているので、それ以上進むことに意味を見出せないのです。
だから、相手が自分の手の中に確実に入った時点で
相手を追いかける必要もなくなり安定に変わってしまうので
恋の醍醐味であるキュンキュンすることが減っていきます。
恋を求めている人にとって、キュンキュンがなくなることは致命傷。
動けなくなってしまうのです。
恋のキュンキュンをずっーーと持続させることができたらいいのに
と想うかもしれませんが、それはできません。
なぜなら、それは法則だからです。
熱いものは、時間と共に冷めるのです。
恋が好きな人は、恋をしている自分が好きなので常に自分中心。
相手に尽くしている自分が好き
相手に一生懸命な自分が好き
相手が何をしてほしいかをキャッチしてそれができている自分が好き
だから、相手の気持ちにはかなり鈍感です。
もちろん、鈍感じゃないと恋に生きることはできません。
もし相手の気持ちに少しでも敏感になってしまいそうになると「違う!」と想って
別の刺激を感じられる相手を目の前に引き寄せ
自分の中のキュンキュンを持続させようとします。
だから、山を下るときは、パートナーが変わっていたりするのです。
でも、自分の中のキュンキュンがなくなっているだけで
相手のことを嫌いになっているわけではないので
「あなたのことをキライになったわけではないのよ。でも、一緒にいてもときめかないの」
と、相手にしてみれば非常にやっかいな人になります。
愛がほしい人は、山を登り切ってからが本番です。
キュンキュンの恋の時期は、ある意味、妄想と勘違いで自分優先ですが
愛は、相手優先へと変化していきます。
その変化に必要なのが、自分軸で生きることを一度壊されること。
簡単に言えば、自分の想い通りにならない、ということを経験するということです。
山を登るまではお互いに歩み寄って助け合えたのに
山を下るときには、「そんな人だとは想わなかった!」「こんなはずじゃなかった!」
ということが多発します。
期待はずれに落胆したり、ぶつかってケンカしたり
お互いそっぽを向いたり、お互いすれ違ったり
違う誰かに気持ちがなびいたり、被害者意識いっぱいになったり
自己嫌悪に陥ったり、もうダメだ…と想ったり。
そんな時期を乗り越え、そして覚悟を決めて
許すことを知り、感謝で溢れ、揺るぎない愛に変わっていくのです。
そしてこのときの愛は、恋のときのキュンキュンとはまったく別物の
深くて大きくて長く続くキュンキュンを感じることができるようになります。
もし、愛に行く前の恋のキュンキュンに物足りなさを感じていたり
キュンキュンを終わらせたくない!と想うのであれば
もうそろそろ恋を愛にして、愛のキュンキュンに進みませんか?ということ。
恋に生きることも
愛に生きることも
選択するのは自分です。
どちらが良いとか悪いとかということではありません。
自分が望む方を生きたらいいのです。
でも、キュンキュンをずっーーーと持続させたいと真剣に想っているなら
恋を愛に熟成させるタイミングです。
【関連言霊】
愛は煮物と同じ。冷める時期があるからこそより深いものになる。愛を知るには傷付き悩む経験も必要。
〜その相手は、キュンキュン♡できる相手?〜
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Naomiの言霊
恋のキュンキュンに物足りなさを感じていたり
キュンキュンを終わらせたくない!と想うのであれば、
もうそろそろ恋を愛にして、愛のキュンキュンに進みませんか?ということ。
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