そもそも、人は感情の生き物だから
人生が泥臭くなるのは当たり前です。
嬉しいことがあっては笑顔になり
腹が立つことがあれば怒りくるって
悲しいことがあっては泣きじゃくり
いろんな経験を積んで
気付いて学んで活かして成長していく中で
その泥臭さを自分で浄化できるようになっていきます。
だから、凄みや貫禄があるのに
とても澄んでいて透明感があり軽やかなエネルギーを持っている人は
人の冷酷さも残酷さもすべてを受け入れる器があり
こして透明にする完全オリジナルの自家製の浄水器や空気清浄機を持っているのです。
その完全オリジナルの自家製浄水器や空気清浄機が24時間稼働しているので
こんな人の近くにいると、一緒にいる人の気もとても浄化されます。
とても癒されて、心もホッと落ち着くのです。
こんな人は、ただその場にいてくれるだけで場が清められていきます。
逆に、もしそんなときに心がざわざわして落ち着かなくなったり涙を流すようなことがあれば
それもまた、浄化された美しい気に自分のざわついた心が映し出されることで
自分自身見たくないものや隠そうとしていたものが
もう隠し切れなくなっているということなのです。
いつまで、見ないフリをするんですか?
もう、出したくなってるのでしょう?
もう、楽になりませんか?と、言われているのです。
涙を流すことも、大切な浄化です。
ただ澄んでいて透明感のある気を持っているのは赤ちゃんや子供です。
癒しや元気(気が元に戻り、整う)はありますが、そこには凄みや貫禄はありません。
凄みや貫禄、言葉を発しなくても
そこにいるだけで人に与える大きな影響力を身につけるには
人の冷酷さや残酷さや理不尽なことを経験してもなお許す、という過程が必要なのです。
赤ちゃんのときにもそれは美しい浄水器や清浄機を持っていますが
それはあちらの世界から持って生まれてきたものだから
この世のあまりの泥臭さに耐えられず、一度木っ端みじんに壊れます。
だから、経験を積まずに、あるいは経験はしたのにそれを糧にすることなく
純粋無垢のまま大人になってしまった人は
清水も泥水も飲んでしまうし、自ら飲んだ泥水でお腹も壊して泣いて周りに迷惑を掛けるし
でも、それを糧にしないので周りが泥臭さに傷付くことにも鈍感になってしまいます。
大人になってからの純粋無垢は、決して褒められることではないのです。
叩けば埃くらい出てくる大人の方が、立派な大人です。
それは「ああ、こんなこともあったね〜」とその埃を懐かしみ
その埃を「このことがあったから今があるね〜」と想えるということです。
人間なんて、生きているだけで泥臭くて埃まみれなものです。
この泥と埃を、自力で清水と澄んだ空気に変えられるのが、粋で魅力的な大人です。
小手先のテクニックで透明の水にしたり
埃をその場で舞わせてなかったことのように見せたりするのは
大人になりきれなかった大人です。
自分だけの、完全オリジナルの自家製浄水器と空気清浄機。
こればかりは、どこにも売っていないし、誰も作ってくれません。
自分でちゃんと作っていますか?
Naomiの言霊
人間なんて生きているだけで泥臭くて埃まみれなもの。
この泥と埃を、自力で清水と澄んだ空気に変えられるのが、粋で魅力的な大人。
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