自分のことしか考えていないときに
正直、覚悟など必要ありません。
それは、どんなことが起ころうとも
自分が痛い目を見るだけで終わるからです。
自分一人に責任が掛かる覚悟など、大した覚悟ではありません。
でも、大切な人を守る覚悟は違います。
自分の想い通りにならないこと
何かを犠牲にしなくてはいけないこと
自分一人のときの何倍にもなって掛かってくる責任
それは、自分一人のときからは想像もできないほど大きなものです。
大切な人を守るとは、いざとなれば
自分の命を犠牲にしてでも守ることができると言える覚悟です。
自分よりも、大切なことがあるのか
自分の命よりも、大切な命があるのか
大切な人が平穏に生きてくれているとき
ぶつかってばかりいてうっとおしいと想ってるとき
そこに当たり前のように存在してくれているときは、まったく気付かないでしょう。
でも、究極の何かが起こったときに
自分の命に変えてでも守りたいと
自分が大切な人の盾になると
その存在の大きさに気付くのです。
気付かないのであれば、究極の何かが起こった方がいいかもしれません。
私たちは、気付くために生まれてきているのだから。
肉体を手放す直前でもいい、気付けばいいのです。
もし、究極のときにそんな風に想えないのであれば
その相手からは卒業するタイミングかもしれません。
それも、何かの気付きなのです。
何を選んでも、何を感じても、正解も不正解もありません。
自分が、どうありたいか、どう生きたいか、なのです。
ただ、人は一人では生きていくことはできません。
人は生きている間は、必ず誰かを自分の人生に巻き込んでいます。
誰かと共に生きていいくというのは
必ず、どこかしらで覚悟が試されることが起こるのです。
心、決まっていますか?
◆◇◆ 画道(Gado)創者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 大切な人を守るとは覚悟が試されるということ。
心、決まっていますか? 』
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