相手が気付かない限り
相手が望まない限り
相手が求めない限り
こちらから何を言っても何を与えても相手には届きません。
求め、望んでくる者に教え導く以上に
待つこと、見守ることには忍耐が要ります。
求め、望んでくる者は
自らが受け入れる準備ができているために
まるでスポンジが水を吸うように、何でも吸収するのです。
だから、自ら求めて望んでない者は
もうこれ以上吸収できないスポンジのようなものなので
まずは、そのべちゃべちゃの水を絞って出す必要があります。
あるいは、自然に乾燥するまで待つ必要があります。
もしかして、絞りも乾燥もしなければ
待っても、ずっと待ちぼうけかもしれません。
望んでも、決して応えてくれることはないかもしれません。
それでも待てるか、は
相手を信頼しているかどうか、相手を認めているかどうかです。
望む者に与えるのは簡単なことです。
自発的に望むまで待つことは難しいことです。
でも、待つしかない。
相手が潜在意識で本気で望んでいれば
顕在意識にその気付く現象が現れます。
そのときに自発的に望まれれば、すぐに与えられる自分であればいいのです。
◆◇◆ 画道(Gado)創者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 待つこと・見守ることは、教え導くことよりも難しい。
それは相手をどこまで信頼し認めているか 』
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