心が深く傷付いた分だけ
受け入れることや認めることは
ハードルが高くなります。
「心が深く傷付いた分だけ人にも優しくなれる」のは
ある程度の時間が経ち、心の中でその出来事が消化できたときです。
消化もできていないうちから、人に優しくはできません。
自分の心を誤摩化しながら無理に優しくしていたら
自分の心がひび割れ、いずれ壊れていきます。
まだ優しくできないのに優しくしようとすると
そのひずみを、どこかで、誰かで、バランスを取ろうとします。
あなたの周りに「何で私が?ボクが?」と八つ当たりされる人が出てくるのです。
分かる人は、分かります。
「ああ、こっちに怒りの矛先が来てるな」と。
でも、そうやって大きな器で受け止めてくれる人は少ないものです。
仮に、そんな人がいたとしても
ずっと八つ当たりしている場合ではありません。
ほとんどの人は優しいから最初は受け止めてくれるでしょう。
でも、あなたにずっとエネルギーを奪われていては
相手も疲れてきて、いずれ一緒にいたくないと離れていきます。
最後は、自分で自分と向き合う必要があるのです。
「こうしたらいいのに」
「ああしたらいいのに」
と、人の問題やそれを解決することに必死になる人は
自分の中でまだ解決できていない自分の問題を
人の問題を解決することで
自分の問題も解決したとように見せかけようとするのです。
自分の貴重な時間や手間を掛けて
本気にもなっていない相手の問題を必死に解決しようとするのです。
でも、人の問題はあくまでも人の問題であり、あなたが解決できるものではありません。
相手が必死に解決することを望んでいて
あなたに真剣にアドバイスを望んでいるならいいですが
「こうしてみたら?」「ああしてみたら?」と
あなたが率先して動いても
相手は動く気もなく、大きなおせっかいでしかないのです。
あなたが解決する問題は、あなた自身の問題です。
あなたがその問題に向き合わない限り
逆に、あなたの周りの人にあなたが解決したくてついつい手を出してしまったり
うずうずしてしまったりする問題ばかりが起きます。
それは、自分の問題には向き合わないあなたに
「そろそろ向き合いませんか」というメッセージでもあるのです。
人のことばかり必死に解決しようとしていると
周りも大きく混乱していきます。
なぜなら、人の問題は、その人しか解決できないからです。
解決できないものを必死に解決しようとしても
波風立てて目の前のゴミを散らせただけで
結局またそのゴミは目の前に落ちてきます。
自分の問題に、静かに向き合ってみましょう。
必ず、本気で、見返りを求めずに、相手に優しくできるときがきます。
手を出すばかりが優しさでないことが分かってきます。
◆◇◆ 画道(Gado)創者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 人の問題で自分の問題を解決しようとしないこと。
向き合うべきは自分の問題 』
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