信用・信頼している以前に
認めていれば
「信じる」という言葉は使いません。
認めているのだから
「信じる」必要はないのです。
何があっても、認めている
どんなあなたでも、認めている
自分が認めたんだから、それでいい
認めることができていれば、信じる必要はなく
認めることができていれば、裏切られることもないのです。
だから
誰かを信じられなかったり
誰かに裏切られたりするのは
相手を認めていないからなのです。
信じることは、相手任せ
認めることは、自分主導です。
だから、相手は、変に信じられたり期待されたりしてしまうと
それに応えなきゃと、変に嘘を付いたり繕ってしまったりするのです。
お母さんが「信じているからね」と子供に言うと
言われた子供はその期待に応えようとします。
信じているとは「良いところだけを認めている」とも取れるので
デキが悪い自分や期待に応えられない自分を見せまいと繕おうとしたり
それができない自分に罪悪感を持ってしまうのです。
愛されたいから、そうしてしまうのです。
その罪悪感から、また自分を責めます。
でも弱い自分も自分で受け止められなくて
お母さんの前ではイイ子を、外ではその発散をしようとするのです。
大人も同じです。
良いところもへなちょこなところも
全部ひっくるめて相手を「認め」てしまえれば
裏切られることもなくなります。
いつも自分軸で生きることができます。
もちろん、何度も同じことを繰り返す懲りない人たちもいますから
そんな人からはさっさと離れましょう。
そんな強さを持つことも、必要です。
◆◇◆ 画道(Gado)創者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 当たり前に信用・信頼できる人に「信じる」は使わない。
使うのはそれができないから 』
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