自分がやりたいと想ったら
自分で自分に許可を出せばいいことで
誰かの小さな同意をもらう必要はありません。
もちろん心配を掛けないために、身近な人には
どこかに出かけることや
何かをすることは
「出かけるね」
「やるね」
と伝えることは必要です。
でも
「出かけていい?」
「やってもいい?」
と、相手の意志を確認する必要はないのです。
「出かけてはダメだよ」
「やってはダメだよ」
そう言われたら、諦めるのでしょうか。
「家族やパートナーに言われたから
出かけられない、やれない」と言うのでしょうか?
出かけるのもやるのも自分なのに
どうして出かけもしないやりもしない人の許可がいるのでしょう?
相手はどんな理由で反対していると想いますか?
もちろん
自分がやることもやらないで遊び歩いてばかりいたら
それは相手も「先にやることやってから出かけなさい!」と言うでしょう。
そこには、あなたが出かけることを反対しているわけではなく
「あなたの優先順位、おかしくない?」
というメッセージが込められているかもしれません。
あれもやりたい、これもやりたいと言って
何でもやるのはいいけれど、最初だけですぐに飽きて浮気するような人は
「あなた、結局何がしたいのよ?」
というメッセージが込められているかもしれません。
頻繁に嘘を付いたり隠し事をしたりしている人は
そもそもの信頼が相手にはないので
まずは、相手を欺かない裏切らない
相手の信頼を回復させるための行動をとることが必要でしょう。
相手が同意できない理由もいろいろあります。
でも、納得すれば、相手は同意どころか応援してくれるようになるのです。
相手が理由もなく反対したり
自分が理由も反対なくされたりする場合の理由は
「恐れ」です。
相手が出かけたら、自分が一人になって寂しい想いをするかもしれない
相手がやりたいことをしたら、自分が一人取り残されるかもしれない
自分はやりたいことができていないのに
相手だけやりたいことができるなんて不公平だ
相手だけ自由にできるなんて許せない、だから賛成なんてしない
本当に出かけてもいいのかな、やってもいいのかな…
きっと怒られるだろうな…やっぱり出かけない方がいいのかな
そう自分が自分の意志で決めることに恐れを抱いているときは
確実に反対されます。
恐れは、不安から来ます。
自分の周りから誰もいなくなってしまうかもしれない
一人ぼっちになってしまうかもしれない
孤独になるかもしれない
今、持っているものを失うことが怖いから
反対したり、されたりするのです。
「失う」
そう想っているのです。
だから、怖いのです。
まだ、何も失っていないのに。
相手は目の前にいるのに。
自分は一人ではないのに。
何かがあるから、幸せなんだと
何かがあるから、愛されているんだと
「何か」を常に探す人は、必ず反対するし反対されます。
あなたは、まだ何も失ってはいません。
過ぎ去った過去を後悔するのではなく
まだ見ぬ未来に不安を抱くのではなく
「いま・ここ」を生きていますか?
◆◇◆ 画道(Gado)創始者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 「失う」そう想っているから恐怖を覚える。
あなたはまだ何も失ってはいない。
失うものは何もない 』
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