生きる希望のために
ついてもいいウソというものはあります。
もうあと少しで私たち全員がいずれ召されるであろう場所へ旅立つ人が
あれがしたい、あそこに行きたい
あれが食べたい、これが食べたいと言えば
そうだね、一緒に行こうね、一緒にしようね、一緒に食べようねと
誰もがそう言い、自分が逆の立場でもそう言ってほしいと願うでしょう。
できるまで、できるフリをするという
早く実現させるために、まだ自分ができていないことを
まるでできているかのように振る舞うことも、一種のウソです。
やり方を間違えると信用は失いますが
誰かに迷惑は掛けても、誰かを傷つけることはなく
できるようになれば、それは真実になります。
ウソをつくことは、褒められたことではありません。
でも、ウソをつくことで、誰かを守れることもあります。
自分を守るためのその場限りの覚悟のないウソはただの卑怯ですが
誰かを心から守るために
自分一人墓場まで持っていく覚悟のあるウソはいずれ真実になります。
覚悟のあるウソは、守りたい相手には真実の愛として届くのです。
でも
ただ、相手に淡い期待だけ持たせるだけのウソなら
ただ、自分が逃げるためのその場限りのウソなら
最初から真実を伝えましょう。
その方が、相手も傷付かないし、みんなが幸せです。
その一言に、覚悟はありますか?
◆◇◆ 画道(Gado)創始者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 覚悟のないウソはただの卑怯。
自分一人墓場まで持っていく覚悟のあるウソは
いずれ真実になる 』
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
※Emailは公開されません。また、スパム対策のため日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。