自分がよかれと想ってしたことでも
相手にとっては、とっても大きなおせっかいなことがあります。
気を配る
心を配る
気を働かせる
これらは行き過ぎると、逆にただのおせっかいや迷惑行為でしかありません。
本当に「気を配る」とは
相手をそっとしておいてあげることでもあります。
本当に「心を配る」とは
相手を影から見守り、したいようにさせてあげる空気を作ることでもあります。
本当に「気を働かせる」とは
見て見ぬ振りをしたり、あえて聴かないことでもあります。
あなたが今していることは、本当に相手のためを想ってしていることですか?
何かをしているあなたの心に
「ほら、あなたのためを想ってやっているのよ」
「ほら、私がこれをしてあげたら、あなた助からない?」
「ほら、私って、よく気が利くでしょう?」
「ほら、私って、こんなに働き者なのよ」
「ほら、私って、ここでは勝手知ってるから、何でもできるのよ」
こんな「やってあげてる星人」が住み着いていたら
あなたの周りからは人が離れていきます。
「(とりあえず)大丈夫?」とだけ聴かれるおせっかいほど
当事者にとって、うっとおしくて煩わしいものはないのです。
こんなときに本当に
気を読み
気を配り
気を働かせることができる人は
必ず信用が上がります。
「あの人なら」と必ず信頼されます。
日頃は仲良くやっているけれど
何かあったときには頼りにされないというのは
日頃、本当に相手を想った「気」の使い方をしていないからです。
ただ心配するだけや
だた心配しているふりをするだけなら、誰にでもできます。
本当に心配するとは
自分が相手だったら、今何をしてもらえたらありがたいか
想像して察知して自分にしかできない行動をすることです。
あなたの、その行動、おせっかいになっていませんか?
◆◇◆ 画道(Gado)創始者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
「 いざという時に頼りにされないのは
日頃から本当に相手を想った
「気」の使い方をしていないから 」
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