こうすればいいんだよって
こうやった方がいいよって
やってあげるよって
こちらが何でも先に手を出すことは
相手が自ら気付くチャンスを奪うことになります。
気付きのチャンスを奪うとは、成長するチャンスを奪うということです。
少し、待ってみましょう。
本当は、こうした方がいいし
本当は、ああした方がいいいのです。
でも、それをこちらから強要したところで
相手は「やらされた」という認識しか持てずに
「あなたに言われたからやりました」
「あなたが、そうさせたかったんでしょう?」と
やらされ感だけが残ります。
もし、それで上手くいかなかった場合は
「あなたのせいです」とこちらの責任になってしまいます。
本当は、こうした方がいいし
本当は、ああした方がいいのです。
こんな機会を活かさないなんてもったいない!と
想える人には想えることです。
でも、今、いっぱいいっぱいになっている人に
よかれと想ってあれやこれやと言ってみたところで
相手にその想いは届きません。
何よりも大切なのは、本人が「自分で選択する」ことなのです。
こちらは、情報を提供することだけしかできません。
きっかけを与えることしかできません。
あとは、本人が自分で「やる」と決めるのを待つしかないのです。
自分で決めて動いたことには、人は責任を持ちます。
サポートする人は、待ちましょう。
変わりたい人は、待っているのではなく、自ら決めましょう。
◆◇◆ 画道(Gado)創始者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 何でもやってあげて
相手が気付くチャンスを奪うことは罪なこと 』
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