自分を諌めてくれる人、自分を諭してくれる人を
ちゃんと持っていますか?
「諌める」とは
主に目上の人に対して、その過ちや悪い点を指摘し、改めるように忠告すること。
「諭す」とは
目下の者に物事の道理をよくわかるように話し聞かせ、納得するように教え導くこと。
(大辞泉より)
つまり、自分を諌めてくれる人、自分を諭してくれる人とは
自分のことを、厳しくも深い愛を持って接してくれる人ということです。
そういう存在は、ときに、自分にとってはうっとうしい存在になったりもします。
イチイチ、言われなくても分かってるよ!
ほっといてよ!楽しくやってるんだから!
あなたには言われたくないんだよ!
と、ついつい、その存在を遠ざけようとしてしまいがちになります。
でも、人は、特に自分の調子が良いときほど
周りを冷静に見ることなく、アクセル全開で飛ばしまくってしまいます。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ!自分だけはだいじょうぶ!」と。
ところが、自分でアクセル全開で飛ばしまくってしまうと
ブレーキを踏むことが自分でできなくなってしまい
自分を自分でコントロールできなくなってしまうのです。
そうなってしまうと、行き着くところまで行かなければ止まれなくなります。
人間だから、調子に乗ってしまうときもあります。
人間だから、調子に乗りたいときもあります。
それがイケナイことだということではありません。
大切なのは、そんな自分を冷静に見て、ちゃんとブレーキを踏んでくれる人を持つことです。
調子に乗り過ぎる自分を諌めてくれる人や諭してくれる人は、必ず要ります。
もちろん、本当に厳しくも愛を持って接してくれる人は
ブレーキが必要ないと想うときは逆にどんどん走らせてくれます。
ブレーキを踏みそうな自分に、逆にアクセルを踏むように指示してきます。
本当に、ちゃんとよく見てくれています。
あなたには、そんな存在の人がいますか?
あなたは、そんな存在の人をうっとうしがらずに持っていますか?
あなたは、そんな存在の人を、ちゃんと受け入れていますか?
そんな存在の人は、あなたの人生にとって、一番の宝物ですよ☆
◆◇◆ 画道(Gado)創始者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 自分を諌めてくれる人や諭してくれる人は、人生の宝物です。
うっとうしがらずに持っていますか? 』
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