分からないことが、分かりたいと求めもせずに
いきなり分かるようになったりはしません。
分かるときというのは、自ら分かろうとしたときであって
分からない分からないと言っているときではないのです。
「分からない、分からない」 ではなく 「分かろう、分かろう」
そう常にアンテナを張っているいるときは
あるふっとした瞬間に、「あ!!」と分かるときがあります。
「分かろう」と常にアンテナを張ってるから
そのアンテナに必要な情報がキャッチできるのです。
「分からない」とずっと言っているときというのは
正直、お腹の中では、分からなくていいと想っているときです。
本当は「分かりたくない」から、「分からない」のです。
分かってしまうと、そのように動かなくてはならなくなるのです。
分かってしまった責任が出てくるのです。
分からないままの方が、お腹の中は楽なことが多いのです。
現状維持の方が、傷つかなくて済むのです。
分かるためには、分かろうとすることでしか分かりません。
心から自分が求めない限り、永遠に分かりはしないのです。
「これがあなたがほしがっている答えですよ」
もしそう言われても、それを受け止めようともしないし
それが答えかどうかも分かろうともしません。
「分かろう」としていますか?
答えを受け止める準備、できていますか?
◆◇◆ 画道(Gado)創始者Naomiの今日の1本! ◆◇◆
『 「分からない」のではなく、「分かろうとする」ことが大事。
それを続けると「分かる」ようになる 』
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